劇団アルタイル – altair

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ツキノ芸能プロダクション -ツキノプロ-

劇団アルタイル『Episode 0』 



(来ちゃった……)
 現実感がないまま、リンタロウは小奇麗でファッショナブルなビルを見つめて仰のいた。
 ここに、ツキノ芸能プロダクションの支社が入っている。

 ――市ヶ谷リンタロウ様
 ――このたび弊社タレントオーディションに合格が決定いたしました

 そんな通知をリンタロウが受け取ったのは、夏休みもそろそろ終わるかという頃だった。
(俺、マネージャー志望だったんだけど……。
何故かタレントオーディションを受けることになって、しかも受かっちゃった……。
い、いいのかなあ、本当に)
 念のため事務所に問い合わせたけれど、結果は間違いでも手違いでもなかった。
 宛先を書き間違えたのか、はたまたリンタロウが見たオーディションまとめサイトに転記間違いがあったのか。
 ともかく彼は、厳しいオーディションを潜り抜けて、こうしてビルを見上げている。
 志望と違う内容ではあったが、そのまま話を受けることにしたのは、これも業界に関われる第一歩だと考えたからだ。
(だ、だから、ビビるな、リンタロウ!覚悟を決めて来たんだろ!だったら……)
 
「オイ、そこのちんちくりん。なに突っ立ってンだ」
「…………ん?」
 そのセリフが自分に向けたものだと気づくまで、たっぷり五秒くらいかかった。
(えっと……今のって俺に言われたんだよね?)
 改めて相手を見た。
 ちんちくりんと言われるほど、背丈に差はない。
 が、相手には、確かに一回り大きく見えるような、妙なオーラがあった。
(う、うわぁ……もしかしてこの人、アイドル……あ!)
 ツキプロ公式HPに掲載されている、所属タレント一覧で見た覚えがある顔だ。
「大崎イズモさん!」
「……なんだ、オマエ。出待ちかよ」
「えっ? あ、いえっ、ち、違いますっ!」
 慌てて首を横に振ると、彼――イズモは不審そうな面持ちで、リンタロウを頭のてっぺんからつま先までじろじろと眺めた。
「じゃあ、あれか。アイドルに憧れてド田舎から家出してきたとか、そういう系か」
「い、家出はしてないです」
「さっさと帰れ」
 いっそう険しい面持ちで言い放たれた、そのときだった。
「――あ。あのときの……」
 見覚えのある青年が立っていた。
(あ、この人、オーディション会場で話したことがある……)
 名前は、確か――。
「ええっと……辰巳マキさん!」
「ああ、よく覚えてるな。今日ここへ来たってことは……、おまえもオーディションに受かったのか」
「オーディションに受かった? オマエらが?」
 横合いから、イズモの声が飛んできた。
(そうだ、ちゃんと挨拶しなきゃ)
 特にイズモは、これから同じ事務所の先輩になる人だ。
「大崎さん!辰巳さん!市ヶ谷リンタロウです。今日づけで、ツキプロの劇団アルタイル所属になりました!
一生懸命頑張りますので、宜しくお願いします!」
 リンタロウは、イズモとマキに勢いよく頭を下げた。
 すると、マキは凛々しい顔をふっとゆるめて、笑った。
 意外に優しい人なのかもしれない。
「俺のことはマキでいい。オーディションで会ったのも、何かの縁かもな。改めてよろしく」
「はい!」
「げ、マジかよ」
 よろしくお願いします、と続けようとしたリンタロウより早く、イズモのうんざりした声が割って入った。
「……こんなヤツらが同期になんのかよ……」
「ってことは……もしかして大崎さんも?」
「大崎? オーディションにいたか?」
 マキの言葉に、イズモが不機嫌そうに目を細めた。
「あ、ええと、マキさん。大崎さんは、多分オーディション組じゃなくて――」
「あー……初っぱなから変なの引っかけちまった」
 イズモは低いボリュームでぼやいて、ふたりに背を向けた。
(どうしよう)
 困惑している間に、どんどん距離が開いていく。
(気を悪くしちゃったかな……でも、マキさんだって悪気があったわけじゃないし)
 どう言うのがよかったんだろう、と考えていると、隣でマキが小さくため息をついた。
「扱いが難しそうなヤツだな」
「しーっ! き、聞こえちゃいますよ!」
「オイコラ、そこのちんちくりん&ド素人!」
 ビルの入り口で、やおらイズモが仁王立ちで振り返った。
「なにグズグズしてんだ、おいてくぞ!」
「……え?」
「さっさと来いっつってんだよ! オマエらどーせ稽古場がどこかも知らねーだろーが! ったく……」
 イズモはイライラと言ったが、しかし、その場を動こうとしない。
「大崎さん、俺たちのこと待ってくれてる……?」
「……意外に、面倒見のいいヤツみたいだな?」
 お互い顔を見合わせて、つい、笑ってしまった。
(よかった)
 さっきまでの緊張がウソみたいに晴れて、リンタロウはもう一度、ビルを振り仰いだ。
(ちょっと予定とは違っちゃったけど……)
 この門戸をくぐりたかった。その気持ちに嘘はない。
「行きましょう」
 今日、この一歩から、とうとう始まる。
「――劇団アルタイルへ!」

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